Fランク文系のブログ

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文学が国を動かす

こんにちは!フランクです。

本日は「文学が国を動かす」というお話をしたいと思います。

 

みなさんは魯迅という文学者と増田渉という文学者をご存知ですか?

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魯迅は言わずと知れた小説家ですね。

日本では『故郷』などで有名です。

 

一方で増田渉という人物は、日本の文学者で中国文学を専門としていました。

この二人の出会いのきっかけは『中国小説史略』という本です。

増田渉は中国文学を研究する中でこの『中国小説史略』に出会い、その内容に感動し、

「この『中国小説史略』の著者なるものは、実にこの方面のすごい学者である、という尊敬の念が、私の頭に深く植えつけられたのである。』

と語っています。

そしてこの『中国小説史略』の著者が魯迅なのです。

増田渉は魯迅に会うため、当時魯迅が通っていた「内山書店」へ毎日通い、その後師事することになります。

増田渉が魯迅に師事した期間はおよそ9ヶ月間ですが、その間毎日昼から夕方まで中国文学について学び、時にはビアホールにともに出かけるなどしていたそうです。

 

これだけ見ると微笑ましい師弟関係ですが、当時は昭和6年(1931)です。

満州事変が起きた年です。

つまり、日本と中国(中華民国)の関係がもっとも悪化している時に、魯迅は敵国である日本の青年を指導していたことになります。

増田渉は戦後、島根大学大阪市立大学関西大学の文学部教授を歴任する中で、日中友好に尽力します。

 

日中友好を推し進めた鄧小平は、魯迅を尊敬していたこともあり、日本との友好関係をスムーズに構築できたとされていて、鄧小平はのちに日中友好諸団体のレセプションにて、魯迅と増田渉の関係を中国と日本の関係に例えて話しています。

魯迅と増田渉の関係は日中友好のシンボルとなったと言えます。

 

現在、日本では文系学部は廃止していくべきとの考え方が強いように感じられます。

確かに文系学部の多くは短期的に見て仕事に直結しません。

しかし、上記のように、文学を介した私人の関係が、国と国との友好のシンボルとなることもあるのです。

 

短期的に見て価値を見出せないものでも長期的に見たり、視点を変えてみると、とんでもない価値を見いだせるのではないか、そんなことを考えました。

 

まぁ文系学部廃止ってなったら真っ先にうちの大学の学部は廃止かなぁー(泣)

ではではっ!